牛乳風味異常の原因と対策
(財)北海道科学技術総合振興センター
斉藤 善一
健康な乳牛が、適切な飼養管理のもとで生産した生乳の風味を正常とし、それといささか異なったものを異常風味という。
生乳には、ごく微量であるが多くの種類の揮発性・水溶性成分が含まれ、それらが程よい含量であれば生乳特有の好ましい風味を形成する。しかし、特定の成分が多くなったり少なくなったり、或いは本来入ることのない異物が含まれたりすると、異常な風味を呈し異常乳となる。勿論、主要成分である脂肪・タンパク質に由来する濃厚感や口当たり、乳糖によるかすかな甘味も良好な風味を与えるものである。強い異常風味は容易に判定できるが、弱いものを検出しその原因を探るには、注意力だけではなく経験と訓練が必要である。
近年、生乳の細菌数は非常に少なくなった。かつて、100万/ml以上の細菌があれば必ず細菌由来の異常風味があると言われたが、現在は殆どの生乳が生菌数2〜3万/ml(総菌数約10万/ml)であり、特別な事故がない限り細菌による異常風味は見られず2等乳も少ない。さらに、脂肪含量などの乳成分も欧米の生乳に劣らない立派な組成を示し、低成分による異常乳もない。
しかし、搾乳法や集乳システムの変化により、又、冷却が完全であるが故に冷蔵期間が長くなり、脂肪分解臭や酸化臭などかつては見られなかった異常臭が発生するようになった。さらに、牛の泌乳能力が高くなった為か乳房炎の発生が増加し、その治療に用いた抗生物質が生乳に混入した為に廃棄される生乳の量も無視できない。
牛の飼養から集乳所、或いは工場における受入までの段階ごとに発生の可能性がある異常風味を示し、その原因などを説明する。
尚、あらゆる場面で発生し得る脂肪分解臭についても予め説明しておきたい。
生乳には、脂肪を分解する酵素である“リパーゼ”が含まれている。脂肪は大小の球状粒子となって分散しているが、その表面は脂肪球膜物質によって保護されているので、“リパーゼ”の作用を受けない。しかし、撹拌・泡立て・温度変化などにより脂肪球膜が損傷を受けると“リパーゼ”が働き、脂肪の一部が加水解され構成する脂肪酸を分離する。これを、遊離脂肪酸と言うがその中には、不快な臭いや味を与える酪酸などの水溶性・揮発性のある遊離脂肪酸が含まれているので異常風味を呈する。これを、脂肪分解臭(加水分解性ランシッド或いは、単にランシッド)という。但し、他の分野でいうランシッドは脂肪の酸化によるものである。
1.牛、飼養
《飼 料》
牧草の匂いは、多少は生乳に移行し飼料臭といわれる。しかし、良質な牧草であれば不快なものではなく、殺菌操作によって軽減されるので重大な欠陥とはされない。
一方、腐敗したりカビが生えたりした飼料や、特殊なカス類の給与,臭いの強い雑草などの混入による異常風味は重大な欠陥とされる。
臭いは鼻から肺、血液を通して乳中に移行するのが主な経路である。牛舎の臭いも同様である。飼料によっては、一部成分が消化器から乳中に移行して異常風味となる事もある。
《乳房炎》
乳房炎乳は病乳であって出荷できないから対象外ではあるが、血液成分は多く乳本来の成分が少なくなり、軽症であっても風味は劣る。肉眼的に乳房や生乳に異常はないが、体細胞が増加し乳量が減少する潜在性乳房炎の場合、乳糖が減少し塩素が増加するから塩味が感じられ、脂肪分解臭も発生しやすくなる。
治療に使用した抗生物質が生乳中に検出されると、工場で同じストレージタンクに入った大量の正常な生乳を道連れにして廃棄されることになる。
《泌乳期》
泌乳末期になると塩味が感じられ、更に、脂肪分解臭が発生しやすくなる。
《体 調》
高温・高湿度など不快な環境では、脂肪、タンパク質含量の低下をきたし風味も劣る。
2.搾乳
《搾乳手順》
乳頭清拭など、生乳に細菌が混入するのをできるだけ少なくする。
《パイプラインミルカー》
空気漏れ、パイプラインの傾斜不備、立上がりパイプなどによる激しい泡立ちがあると脂肪分解臭が発生する。ミルキングパーラーでは生乳が下に流れ泡立ちが少ない。
《ミルクホース》
ミルカーとパイプラインの間、或いは、ティートカップとバケットの間を繋ぐ塩化ビニール製ホースを新品にした時に異臭を示すことが多い。ビニールホースを熱湯で処理し、よく洗う必要がある。シリコンホースは比較的良いと言われるが、矢張り十分な洗浄が必要である。
《洗浄・殺菌》
CIP方式では、洗剤や殺菌剤の濃度や温度を守らなければならないが、それでも要所要所の分解洗浄が必要である。
3.バルククーラー
《泡 立 ち》
乳量が少ない時に撹拌機により泡立つと脂肪分解臭が発生する。
《追加投入》
例えば、夕方搾乳による冷えた生乳に、翌朝多量の生乳を注ぎ足し、温度が上昇すると脂肪分解臭が発生しやすい。バルククーラーの冷却能力が不十分の場合である。
《温度管理》
温度計の誤差、冷凍機スイッチの入れ忘れなどがある。
《事 故》
誤って水が混入した例がある。
4.集乳
《乳温点検》
バルクタンクの乳温の確認が必要である。
《過度の撹拌・ポンプの多用》
温度が高いと脂肪球が損傷するので、脂肪分解臭が発生しやすい。
《集乳間隔》
普通は隔日集乳であるが、更に冷蔵期間が長くなると酸化臭発生の危険がある。
《タンクローリーの洗浄、殺菌》
タンクローリーの洗浄は、意外に不完全な場合が多い。
5.受入れ後
《冷蔵期間》
搾乳から受入れまでの時間が長く、更に加工処理までの時間が加わると酸化臭や脂肪分解臭発生の可能性があり、低温菌の増加も見られる。
《殺菌方法》
多かれ少なかれ風味の変化がある。高温の場合、加熱臭やクックド(調理臭)が感じられる。
《均質化しない殺菌乳》
酸化臭の発生がある。
《均質化した殺菌乳》
酸化臭は出ないが、光により容易に異常臭が発生する。均質化は脂肪球を細分化するので、リパーゼが残っていると短時間で脂肪分解臭が発生する。均質化前に殺菌温度まで加熱し、リパーゼを失活させる。
殺菌均質化乳を生乳に加えると、生乳中のリパーゼにより直ちに脂肪分解臭を示す。
6.まとめ
生乳は均一な白い水ではない。
大小の脂肪球・カゼインミセルが塩類と共に微妙なバランスを保って、分散・浮遊している。すなわち、構造は脆く変化しやすい。なるべく泡立てないように丁寧に扱うことが大切である。
異常臭は、思わぬところで、いつでも発生する可能性があり油断できない。細菌数が少なく、よく冷却されていても、風味は時々刻々と劣化していくと考えるべきである。
【表1】市乳・生乳にみられる異常風味
原因 |
異常風味の名称 |
加熱 |
調理臭(クツクド)、カラメル臭、こげ臭 |
光誘導 |
光臭、日光臭、活性化臭(アクチベーテッド) |
脂肪分解 |
ランシッド、酪酸臭、苦味※、山羊臭 |
微生物 |
酸味、苦味※、果実臭、麦芽臭、腐敗臭、不潔臭 |
酸化 |
紙臭、厚紙臭(カードボード)、金属臭、油臭、魚臭 |
移行 |
飼料臭、雑草臭、牛臭(カウイ)、牛舎臭 |
その他 |
吸収臭、収れん味(渋味、アストリンジェント) 苦味※、白墨味(チョーキィ)、薬品臭、淡味(フラット)、異物臭、新鮮味不足、塩味(ソルティ) |
※苦味はいくつもの原因があるので、原因が特定できない場合はその他とする。(米国酪農科学会 Shipeら、1978)
【表2】生乳の異常風味の分類
微生物によるもの(細菌・カビ・酵母)※ |
酸臭、不潔臭、麦芽臭、魚臭、じゃがいも臭、果実臭、苦味 |
微生物以外の原因によるもの |
|
1.臭気の吸収 |
飼育臭、サイレージ臭、雑草臭、牛舎臭、尿臭、異物臭 |
2.牛が摂取したもの(飼料・薬品・水など) |
飼料臭、サイレージ臭、雑草臭、薬品臭 |
3.牛の状態(乳期・疾病・生理異常など) |
脂肪分解臭、苦味、塩味、牛臭 |
4.化学変化(酵素・光などによる) |
日光臭、酸化臭、牛脂臭(タロウイ)、脂肪分解臭 |
5.異物混入(薬品・洗剤・ガソリン・灯油など) |
異物特有の臭気 |
※他の原因と思われるものでも微生物が関与していることがある。(Hammer 1948)
条 件 |
発生しやすい場合 |
発生しにくい場合 |
乳 量 |
減少 |
増大 |
泌 乳 期 |
末期 |
|
搾乳間隔 |
短縮 |
12時間間隔 |
飼 料 |
不足・低品質 |
青草・牧草 |
栄養状態 |
不良 |
良好 |
季節・気候 |
冬季 |
夏場 |
気 温 |
関係なし |
|
生乳の脂肪率 |
関係なし |
【表4】生乳・市乳の異常風味の原因と特徴
原 因 |
特 徴 |
細菌の増殖 |
細菌数が多い。 生菌数300〜500万。 |
飼料又は雑草 |
|
直 接 吸 収 |
発生はまれである。においの強い場所に放置した場合。搾乳直後にない。容器による。 |
間接吸収(呼吸による) |
細菌数は高くない。不潔感を感じさせる。搾乳直後から感知される。牛舎臭をともなう。 |
生乳の成分組成 |
搾乳直後から感知される。塩味、牛臭。個体乳で強い。混合乳には少ない。泌乳末期、乳房炎、病牛に多い |
化 学 反 応 |
搾乳直後にはない。低温(4℃以下)で発生、細菌数は低い。次の3タイプに分類される。 |
異 物 混 入 |
生乳、殺菌乳に発生。貯蔵により変化しない。薬剤、ペンキ、殺虫剤などの混入。 |
殺 菌 処 理 |
加熱臭、調理臭、冷蔵中に低減する。硫黄ようの臭気。 |